必殺博愛固め

日本語の練習

アクセサリー感覚



誰だって自分を少しでも綺麗に、良く見せることができるアクセサリー


高級品がもてはやされ

気に入らなければ付け替え可能であり

ときに自分のオリジナルまで作れるものであり


自分がいいと思ったアクセサリーを身につければ気分もあがるし、

お気に入りを褒めてもらえればこちらも嬉しい…


















ここまできて、本題はジュエリー的なアクセサリーのはなしではない。

「人間」のはなし。

わかります?






たとえば、




美女




これが男のアクセサリーになりうるのだ。




自分の彼女が美人だったら?

美人を落とすまでのプロセスも含めて、自分の自信になりません?

連れ立って歩いている「自分のモノ」に対して集まる視線すら誇らしくない?



もちろん、そういう美人彼女を人間として大切にしているならいうことない。


問題なのは、アクセサリーのように扱うこと。




自分の価値を上げるためだけの存在。

自分を良く見せるための付き合い。




ほんとにモノとしか見てない。

美人彼女が怒ったり悲しんだり、かみつこうものなら、即座に めんどくさい と切り捨てる。

モノならモノらしく、自分のいいなりでいてほしいのだ。

また、言いなりになるよう仕向けるのだ。


自慢のアクセサリーだから、時々友達なんかに気まぐれに紹介してみたり。



しかし、なんとまあ悲しいことに、こういう扱いをする男って、愛情とか愛着という概念がないから、いいものが手に入りそうだと、悪びれもなく乗り換えちゃう。

上を見ればきりがないから。




男はいいかもしれないけれど、言わずもがな、傷つけられるのは彼女。

よくあるモラハラに引っかかる例もこれにあれはまるのかも。



最初はいいように言い寄ってきて、蓋を開けてみれば、都合のいい女にされている。



もともとルックスがよいだけでなくて、

料理なんかもできるし、

メイクやファッション等々綺麗になる努力もしている。



これが全て、自分のためでなくて、

彼のため

になってしまっている。



まさにアクセサリー美女の特徴。



男からすれば、そこに勝手にいてくれるし、付き合ってるってだけで自分の価値を高めてくれる、世間体を良くしてくれる。



自覚なくアクセサリーにされているorアクセサリーになっている美女のみなさん、気をつけて…!!!!

(まあこういう場合、さっさと後釜見つけて乗り換えられてしまう方が、美人彼女にとっては将来的にはいいことなのかも。)


美女って、存在してるだけでチヤホヤされて、周囲が羨望するけど、こういう被害に遭うリスクも高い。

(何がいいのかはわかりませんね…)





(わたしは美女が大好物なので、全員幸せになってほしい!!!!!!!

なんなら女たち全て幸せになってほしい!!!!!!!)









…はい、次は






高給取り男






これも嫁のアクセサリーになりうる。




結婚を「夢見る」女たちは、あわよくば億万長者の旦那を手に入れて、いい生活をしたい。

セレブ妻として羨ましがられたい。

やり手の男に見初められた女(キラキラ)になりたい、的な?




これもほんと旦那を自分のステータスとしてしか扱ってない時点でアクセサリーと同じだ。



確かに、高給取りの男はいろんな場面でデキる人だから出世するわけで、人間的に惚れることもあるし、そういう人間性に惹かれてというのなら別に問題ない。


ただ、自分自身はあんまり仕事する気がなくてかつ必要以上に高給取りの男に執着する女が地雷なのだ。

まあそんな願望をあんまり表立って主張することはないと思うけれど。

とにもかくにも、いい生活がしたければまず自分が稼げばいいものを……





最近よく話題になる、

ママ友同士のカーストが旦那の収入で決まるやつ。

自分の身につけてるもので自分の価値が決まるとかなんとか。



自分にはなんの価値もありませんよ、って主張してるようなものなのに。

(本人たちにとっては、そういうやり手の高給取りの男に選ばれた女像というのを誇示したいんだろうなあ。)

みっともないたらありゃしない。





そういう嫁にかぎって、家では旦那をATMとしか扱ってないし、もはやアクセサリー以下…




自分を良く見せるために外で自慢することよりも、家の中で旦那様を労ったり話し合ったり感謝したりすることに力を注げばいいのになと思う。(小並感)












で、最後は





子供





これが最も理不尽で、多大なる影響を与えてしまう例だと思う。




親(特に母親)の子供に対する期待には計り知れないものがあるが、自分が持つ子供像や理想を押し付けて、子供をコントロールしてしまいがちだ。

自分が思い通りに育て上げられるモノ。

つまり、オーダーメイドのアクセサリーみたいなもんなのだ。




子供は素直だから親の言う通り、勉強したり、習い事に熱心になったりする。

時々、それが実って、高学歴になれたり、ある分野で活躍できたり。

母親がコーデした服を着せられ、ませた感じの写真がアップされることもよくある。

自慢のお子さんですね、なんて褒められた時には飛び上がって喜ぶ。



でも、結局それは親(特に母親)のステータスを上昇させることが目的なのだ。

「あなたの将来のためよ」、親が勝手に思い描いた理想像に子供を導くための甘言を吐く。

子供の多様な可能性やオリジナリティを潰し、思い通りに扱おうとする。

子供は親にとって、本当に都合のいい装飾にされがちだ。



「自慢の息子or娘」なんて言葉は死語にしてしまいたいレベル。

子供は自慢するモノではない。



旦那のパターンと被るところがあるが、ここで違うのは、アクセサリーにされる人間に反抗する力があるかどうかだ。




子供にとって親はほぼ絶対的な存在。

抵抗する余地もなくこんな育てられ方をした子供は、自主性を損なわれ、自尊心も育たない。

本当に気の毒でしかない…

理不尽極まりない…















以上、わたしが見てきた例三点あげてみた。

身近な人間をアクセサリー扱いする人というのは、自分に自信がない場合が多い。

でもそのくせ、プライドや自尊心は高いから、アクセサリーでもなんでも身につけて、周囲からの評価を上げようと必死なんだと思う。




そもそも、ジュエリーとか必要以上につけたがる人って、自信がないからとかいいません?

いけないことだけれど、人間アクセサリーをつけたがる人も自信がないから、自分以外のモノで自分を高めようとする。


そんなことしたって、モノがなければなんの取り柄もなくなってしまうのにな。

取り繕わず、まず自分で自分を磨く努力をすべきなのにな。


そういう人はほっといても何処かで自滅すると思っている(!?)ので、それはさて置き、

こわいのは、サイコパス的に、人間をアクセサリー化する人なのだ。



サイコパスの脳内では、自分以外の人間はモノとして認識するそう。



そういう人にアクセサリー化されてしまうと、気づかないうちにコントロールされるし、精神消耗する。

自分でも無意識にそうなってしまうのが本当にこわい。


あまりに自分に対する心配や共感、感謝や適切な愛情表現がなければ、これを疑った方がいいのではないかと…


わたし自身、周りの友達とか毒親を見ていて、いつかよくなるかも、という淡い期待が自分を苦しめるんだと痛感している…






周囲の見る目も変わる必要がある。

ほんとのアクセサリーは、身に付ける人に合ったものだからこそ、相乗効果的に美しく見えたりするもんだが、人間アクセサリーも時々そういう見方をしてしまいがちでもある。




美人な彼女がいるから?

稼ぐ旦那がいるから?

なんでもよくできる子供がいるから?





まってまって、それを自慢してる人をよく見て。

その人からっぽじゃない?

人間性おわってない?




恋人も家族もその周りも、身につけているモノに惑わされず、人としてサシで向き合ってみる。

自意識は置いといて、目の前の人に興味を持ってみる。

アクセサリーにしてる人もされてる人もそれを自覚するきっかけになるのではと。





ああ、今苦しんでる人たちがもっと幸せになってほしい。






そしてわたしは、アクセサリーを欲しないほど、自分で自分を満たすことのできる人間でありたい。(?)





おわり。